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福岡高等裁判所 昭和63年(う)492号 判決 1989年9月06日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人市川俊司、同尾崎英弥、同服部弘昭及び同配川寿好共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小谷文夫作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、第一点について

所論は、原判決が、本件「お布施」あるいは「御法禮」(以下、お布施等という。)の提供には、原判示各寺の住職等に選挙運動等をしてもらうことに対する対価性があると認定し、これに公職選挙法二二一条一項一号を適用したのは、事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤ったものである、というのであり、その主張の要旨は、被告人らは、門司地区労あるいは行橋地区労関係者からの指示により、E候補が浄土真宗本願寺派から推薦を受けたことを各寺に知ってもらい、かつ推薦に対する礼を述べるために本件寺回りをしたに過ぎず、その際、被告人らが、仏前にお布施等を供えるなどしたのは、「寺に参れば、お布施」という習俗化された宗教的認識に基づいてしたものであって、E候補が推薦を受けた事実を各寺に知らせる前記行為とは切り離された全く別個の行為であり、本件お布施等の提供には、各寺の住職等に選挙運動等をしてもらうことに対する対価性はない、というにある。

しかしながら、原審が取り調べた関係証拠によると、原判示事実(「判示事実に関する主張に対する判断」として原判決が認定説示する部分を含む。)を優に肯認することができる。

すなわち、原審が取り調べた関係証拠によると、

1  本件福岡県知事選挙は、昭和五八年三月一六日公示され、同年四月一〇日施行されたこと、右選挙に社会党と共産党の革新統一候補で無所属のEと保守系で無所属のFがそれぞれ立候補したこと、

2  被告人A及びBは、同年三月二五日ころ、本件知事選挙においてE候補の選挙運動をしていた門司地区労の関係者から、福岡県北九州市門司区の浄土真宗本願寺派所属の二一か寺(原判決別表(一)記載の一七か寺を含む。)を、被告人Cは、同じそのころ、同じく本件知事選挙においてE候補の選挙運動をしていた行橋地区労の関係者から福岡県行橋市所在の同派所属の寺を、被告人Dは、同月末ころ、同地区労の関係者から被告人Cと相談の上、同市所在の右所属の寺を、いずれも、E候補が浄土真宗本願寺派から推薦を受けたので、その挨拶のため回るように依頼され、これに応じたこと、

3  被告人A及び同Bの両名は、同月二六日、予定の二一か寺を、被告人Cは、同月末ころ、行橋地区労の者とともに、原判決別表(二)記載の六か寺を、被告人Dは、同月末ころ、同別表(三)記載の四か寺をそれぞれ訪問し、応対に出た各住職等に対し、浄土真宗本願寺派からのE候補に対する推薦書のコピー及び「清潔な県民本位の県政をつくる会」(以下、県民の会という。)丙浜二彦・丙谷三彦名義の挨拶状各数十枚在中の大型茶封筒を手渡すなどし、あわせて、その各寺訪問の機会に、封筒に入れられた現金五〇〇〇円のお布施等を、仏前に供え、あるいは右住職等に手渡すなどしたこと、右推薦書等在中の大型茶封筒及びお布施等は、被告人A及び同B関係については、門司地区労の関係者が、被告人C及び同D関係については、行橋地区労の関係者がそれぞれ用意したものであること、

4  右推薦書の文面は、「推薦書 E殿今般施行の福岡県知事選挙に当り貴殿を本宗派より推薦致します 昭和五八年三月一二日 浄土真宗本願寺派 総長 丙島四彦」というものであり、右挨拶状には、「このたびは、貴浄土真宗本願寺派より別紙のとおり、福岡県知事にEを推す旨の推せん書をいただき感謝いたしております。」「E知事の実現を目指して選挙運動を展開しているわたくし共一同身のひきしまる思いでございます。」「どうかご住職におかれては、貴寺の門徒のかたがたはじめ各界各方面へよろしくご凰声下さるなど、特段のご配慮をたまわり、Eを強くご支援下さいますようお願い申し上げます。」などと記載されており、その作成名義人である前記県民の会は、E候補の選挙運動の推進団体であったこと、被告人らは、前記のような文面の推薦書のコピー数十枚が大型茶封筒に入れられていることを、その配付に先立ち認識していたこと、

5  本件お布施等の袋に記載された差出人の名義は、前記県民の会の名義となっており、被告人らもこれを認識していたこと、

以上の事実を認めることができる。

右のような、被告人らが門司地区労あるいは行橋地区労の関係者から本件寺回りを依頼された経緯及び選挙戦の最中という時期、推薦書等在中の大型茶封筒及びお布施等を予め用意した主体、訪問にかかる寺及び配付にかかる推薦書等の前記のような数、推薦書及び挨拶状の前記のような文面及び挨拶状の名義人などの諸点に照らすと、本件寺回りは、本件知事選挙においてE候補の選挙運動をしていた右各地区労の関係者が、組織として受け入れ実行に移したものであり、その目的は、E候補が昭和五八年三月中旬浄土真宗本願寺派から推薦を受けた事実を同派所属の各末寺の住職等に知らせることに止まらず、右推薦事実を記載した推薦書のコピー数十枚を各寺に配付して、右各住職等に対し、E候補への支援を要請するとともに、右各住職等からその門徒らにも右推薦事実を周知させてもらい、選挙を有利に進めたいということにあることが明らかである。

のみならず、前記諸点、殊に、被告人らが本件寺回りをするに到った経緯及び時期、訪問にかかる寺の数などのほか、被告人らは、本件大型茶封筒に前記挨拶状が入っていたことを認識していなかったとしても、被告人らが各住職等に手渡すなどした推薦書のコピーは、単に前記推薦事実を各住職等に知らせ、あるいは推薦に対するお礼を述べるためであれば、一部で足りると思われるのに、数十枚と多く、被告人らも、これを認識していたこと、被告人らもその文面を認識していた右推薦書は、浄土真宗本願寺派総長名義のものであって、そもそも被告人らは、同派の意思決定はもとより、右推薦事実の伝達に関与する立場にはなかったこと、原審が取り調べた関係証拠から明らかなように、被告人Aは、社会党員として、被告人Bは、共産党員として、当時、福岡県北九州市門司区に活動の拠点を置く古参かつ現職の同市議会議員、被告人Cは、社会党員として、被告人Dは、共産党員として、当時、福岡県行橋市で活発な政治活動をしていた古参かつ現職の同市議会議員であったもので、その地位、経歴等からして、社会党および共産党の革新統一候補であるE候補の当選を願い、これを支援する立場にあり、また、それ故にこそ、右各地区労の関係者から本件寺回りを指示され、かつ、これを承諾したと認められることなどの諸事情に照らすと、被告人らについても、右各地区労の関係者の目的を認識のうえ、指示されたとおりに本件寺回りをしたものと認めるに十分である。

そして、本件寺回りの機会に被告人らが各住職等に手渡すなどしたお布施等は、前記のとおり、被告人らにおいて出捐したものではなく、右各地区労の関係者において予め用意し、被告人らに持参させたものであり、お布施等の袋に記載された差出人の名義も、寺回りをした被告人らの名義ではなく、E候補の選挙運動の推進団体である前記県民の会となっていたこと、関係証拠から明らかなように、被告人らは、訪問先の寺の極一部を除いて、その門徒ではなく、しかも、提供された本件お布施等は、門徒であると否とにかかわらず、各寺について一律に五〇〇〇円であることなどに照らすと、本件お布施等の提供は、前記のような目的の寺回りと同様、かつ、これと密接不可分なものとして、E候補の選挙運動をしていた右各地区労の関係者によって組織的に採用され、その指示のとおりに実行されたものということができるのであって、これによると、本件お布施等の提供は、被告人らとしては、訪問した各寺の住職等が、E候補を支援し、前記推薦書のコピーを門徒らに頒布するなどしてE候補のための選挙運動をしてくれることを期待し、それに対する謝礼の趣旨をも込めてしたものと認めるのが相当であって、所論のいうように、前記推薦事実を各住職等に知らせる行為とは別個独立の、単に習俗化された宗教的認識にのみ基づくものということはできないし、供与の申込を受けた寺側において必ずしも右のような謝礼としては理解していないものがあったとしても、供与申込罪の成否に消長を来すものでもない。原判決に事実の誤認ないし法令の適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、第二点について

所論は、要するに、公訴権濫用の主張を排斥した原判決は、不法に公訴を受理した(刑事訴訟法三七八条二号前段)違法があり、破棄を免れない、というのである。

しかしながら、被告人らの本件金員供与の申込の所為は、その罪質及び犯行態様からして、軽微とはいえないうえに、右のような所為についての検察官の公訴提起が例外的に無効とされる場合があるとしても、それは、公訴提起自体が職務犯罪を構成するなど、特段の事情のある極限的な場合に限られると解されるところ、所論に鑑み、原審が取り調べた関係証拠により窺われる諸事情を検討しても、本件公訴の提起が右のような場合に当たると認めるに足りるものは見当たらず、本件公訴提起に何ら違法はない。所論は採用できず、論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺野芳朗 裁判官 近江清勝 陶山博生)

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